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岡崎市にある皇族のお墓

周りは住宅地や田んぼで、山でもないなのにそこだけ木が生い茂ってて浮いてる場所ありませんか?

大概そーゆーとこって神社だったり、古墳だったり。。。

ってことで、前々から気になってたその場所に息子と一緒にやってきました!

写真 2019-04-28 13 49 52 (1024x768)
もっと遠景からの写真があればよかったな
ここもまさに周りは住宅地や田んぼなのにやたら木が生い茂ってる場所

写真 2019-04-28 13 46 54 (1024x768)
五十狭城入彦皇子陵墓
『イサキイリヒコノミコ』のお墓だった!
いや、知らない人だけどw
“皇子”とあるので皇族だ
調べたらヤマトタケルの兄弟に当たる人らしい
当然、このお墓は宮内庁管理下にある

近所を探すと地方豪族のお墓(古墳)はたくさん見つかるんだけど
こんな大物のお墓があるとは知らなかった!

さて、お次はもっと大物!

★★★

大友皇子のお墓だ!

写真 2019-04-28 14 25 46 (1024x768)

写真 2019-04-28 14 25 56 (1024x768)
思いっきり住宅地の真っ只中にありましたw

大友皇子といえば、歴史の授業で習う『壬申の乱』の片方の主役ですよ!
大海人皇子と皇位を争って敗北した人です。
テストにも出ましたよね?

その大友皇子が壬申の乱で、実はここ岡崎まで逃げ延びて命を落としたという伝説があるそうです
(史実としては自害して近江にお墓があります)

お墓の近くには大友皇子を祀る神社もあります↓
写真 2019-04-28 14 18 45 (1024x768)

写真 2019-04-28 14 16 44 (1024x768)

宮内庁が絡んでないので伝説レベルとして重要視されてないようだけど
実際に大友皇子のお墓なのかは別として何故遠く離れた岡崎にこれが作られたのか
その背景が気になります

ちなみに、このお墓の存在を知ったきっかけは
ちょうど最近手塚治虫の『火の鳥』を読んでまして
最後の“太陽編”の舞台が壬申の乱だったので
調べてたら岡崎市に大友皇子のお墓があることを知りました

あと、岡崎市にこうゆうものがありながら、小中高の先生、誰も教えてくれなかったぞ!?
歴史に興味を持たせる絶好のネタじゃないですか!?
僕が学校の先生だったら絶対授業で教えちゃうのになぁ
※僕は岡崎市出身

★★★

史跡探訪はまだまだ続きます

お次は、歴史ファンにとってはかなりのビッグネーム!

何故、岡崎にアノ人が!?

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